〜 プロローグ 〜

2018年7月28日

めりはりのある日本の四季、そのおかげで季節毎に私たちに沢山の恵みをもたらせてくれます。一方、地球温暖化などの影響で異常気象による災害がもたらされています。このコラムの作成中にも西日本では豪雨による甚大な被害が生じ、ともに学んだ同僚の安否の確認に心を痛めました。ただ祈ることしかできませんが、心からお見舞い申し上げます。

デルタクリニック3階のベランダでは、今年も春風駘蕩の5月、例年どおりバラが素晴らしい薫りを漂わせ、色とりどりの花が目を楽しませてくれました。今年もオープンガーデンにして患者さんをはじめ、近隣の人たちにも楽しんでいただくことができました(写真①下草は後述の月見草です)。

デルタクリニック3階庭園のバラ
写真① オープンガーデンのバラ

花朝月夕の時節は短く、あっという間に梅雨入り、そして例年にない早さで梅雨明けしましたがバラの手入れは続きます。花柄摘み、お礼肥、夏剪定、病虫害の予防、水やり・・・と12月に休眠に入るまで休む暇もありません。そして、寒肥を施す来年の2月初旬、花をつけたバラの樹形を夢見ながらの強剪定は最も緊張し、かつ至福の一時です。

当クリニックのベランダはバラの花のないこの季節、少しばかり育てている熱帯睡蓮が花芽をだし、メダカが元気に泳いでいます(写真②)。

熱帯睡蓮とメダカ
写真② 熱帯睡蓮とメダカ

もう一つの自慢は夕暮れ時、バラの根元一面に真っ白な四弁の花を咲かせる月見草の群生です(写真③、④作者藤川正衛氏から頂戴したこけし像です)。

月見草 作者藤川正衛氏から頂戴したこけし像
写真③ 月見草、写真④ 作者藤川正衛氏から頂戴したこけし像

南青山に設立された東京都の肝炎研究所「宮川庚子記念研究財団」(私は当時同財団の評議員でした)の庭に同研究所の池田事務長が、わが国の月見草研究の第一人者である森田純一郎氏から頂いた種から咲かせましたが、同研究所がリニューアルされ、庭が石畳に替えられたため、私が種を引継ぎデルタクリニックのベランダのバラの根元に蒔き育てたものです。以来、毎年初夏から晩秋にかけて月見草の群生がみられるようになりました。現代、月見草は稀少な植物になっていますが、また別の機会にこのコラムで取り上げさせていただきます。

さて、私事ではありますが、そろそろ「終活」をはじめなければと思い立ち、生けるともなし過ごしている日々を一時棚上げし、自分の歩んだ道を振り返りつつ医療(私の専門分野である肝臓病に関することが主体になると思いますが・・・)に対して近年感じていることを思いつくまま書き留め、私流の遺言状とすることにしました。

とくにウイルス性肝炎の領域は最近目覚ましく変遷(個人的にあえて進歩という言葉は差し控えさせていただきます)しました。感染後、主として肝臓を増殖の場とし、時として肝障害を引き起こすいわゆる肝炎ウイルスは5種類が知られており、A型肝炎ウイルス(HAV)、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、D型肝炎ウイルス(HDV)、E型肝炎ウイルス(HEV)と命名されていますが、わが国ではHDVの感染はほとんどみられないことから、残りの4種類が臨床上重要です。

肝炎ウイルス発見の端緒は、1964年のHBs抗原(当時はオーストラリア抗原と呼ばれていました)ですが、肝炎との関連が明らかとなったのは、私が医学部を卒業して医師免許を取得した1969年のことです。他の4種類のウイルスはその後に発見されたもので、幸運?にも私は全ての肝炎ウイルスの研究に携わることができました。

本コラムでの肝炎ウイルスの記述は、歴史的観点からは相前後しますがお許しください。また、やむを得ず専門的な医学用語を使わざるを得ない場合も多々あろうかと存じます。なるべく堅苦しくならないよう努め、気軽に読んでいただけるよう努力します。

言うまでもなく本コラムは病気の診断や治療に関するガイドライン(指針)やマニュアルではなく、公の資料となるものでもありません。したがって、あくまで私見と位置付けられるものであることをご理解ください。本コラムで私はつたない経験を元に忌憚なく医療について述べさせて頂きます。

とくに現在、肝臓関連学会、官庁の研究班および肝臓専門医の頂点に君臨し、しかもガイドラインと称しながら、消化器病専門医、肝臓専門医であってもそれを超える裁量権を許さず、助成制度と保険診療の制約の名の下で、担当医が個々の患者の病状にあったテーラーメイド治療を行うことを事実上できなくしている先生方がいらっしゃいます。私からみると寡廉鮮恥に思えることがしばしばです。そのような先生方は本コラムをお読みになると著しい不快感をお持ちになるやもしれません。しかし、私ごときの戯れ言、たかが犬の遠吠えなるものと広いお心で無視して頂ければと存じます。

本コラムは当然のことながら幅広く「医療」を題材にする予定ですが、題名は迷うことなく「バラの花と棘」にしました。私の医師としての50年間は大半が茨の道だったからです。

バラの花と棘

卒後、肝臓病を志しましたが、その大部分は病理学や生化学などの基礎的研究が主体でした。上記のごとく、全ての肝炎ウイルスが次々に発見され、それぞれの診断法も確立されました。ウイルスの研究には遺伝子解析が不可欠ですが、当初はサンガーらの酵素法またはギルバートらの化学分解法によって傍大な時間と労力を費やしつつ地道に解析しておりました。

しかし、1980年代、シータス社のマリスはガールフレンドとドライブ中に新しい解析法(polymerase-catalyzed chain reaction:PCR)を思いつき、飛躍的に各種肝炎ウイルスの基礎的・臨床的研究が進歩しました。

そして、残された課題は難治性の肝疾患患者さんの治療に専念すべきと一念発起し、大学病院を辞し、2001年、地域医療に貢献することとして当地に開業致しました。これを機会に患者さんが少しでも病める心を癒すことができればと思い、元々大好きだったバラの苗木を開業したベランダで育てることに致しました。

開業早々奈落の底に突き落とされる事件が勃発し、見事出鼻を挫かれるなど波瀾万丈の船出(いずれ本コラムで全てを白日の下に晒す予定です)でしたが、多くの患者さんに支えられ、懸命に治療した重度の患者さんの病状が改善するなどの喜びに後押しされ、挫けることなく今日まで文字通り命をかけ「医療」を続けています。

現代のバラの花の色は多種多様で、それぞれの花の色によって花言葉も異なります。例えば、赤色は「愛情・情熱」、ピンクは「上品・感銘」、黄色は「嫉妬・友情」、白は「純潔・尊敬」などです。一方、一部の例外を除き全てのバラには棘があります(Every rose has its thorn)。美しいものに不用意に触れると思わぬ怪我をすると言う意味に汎用されますが、バラの棘にも「厳格」という花言葉が存在します。鋭い棘に守られ美しい花を咲かせます。「医療」もまた同じです。私達デルタクリニックの職員は棘となって全力で診療に携わり、時として傷つくことがあっても、患者さんが心身共に健康になって花を咲かせてくださるよう日々研鑽を重ねています。

バラは北半球のみに自生し、ヨーロッパ、中近東、日本、北米などで育った原種にヒトはその美しさと香りや薬効に魅せられ、自然交雑とヒトの手で改良が加えられてきました。

バラ栽培の歴史は古く、記録に残る最古のものは紀元前2000年頃のバビロニアの古代メソポタミア文学作品のギルガメシュ叙事誌の「花を嗅ぐイシュタル」の一文と言われています。また、ギリシャのクレタ島には紀元前1500年頃に描かれたバラの壁画が残されています。日本でもバラは万葉集に登場し、栽培は古くから行われていたと思われます。

バラの栽培の歴史に基づく分類はそれぞれの地域特有の原種を交配して系統別に分類されていましたが、1840年頃に「ティ」系と「ハイブリッド・バーベチュアル」系の二大系統に集約されたようです。その後1867年、フランスのギィヨは両者の交雑種ハイブリッド・ティ「ラ・フランス」を誕生させたことにより、バラ栽培は大きな分岐点を迎えました。

花の色も幅を広げそれまでなかった黄色の花や大輪のもの、従来のフロリダパンダと呼ばれる中輪房咲きのものと共に現在もなお進化を続けています。これらの系統別栽培の歴史を繙くと愛好家を中心に気の遠くなるような年月をかけ「交配」を繰り返し完成させた熱意に敬意を表せざるを得ません(新種の作成は交配によって偶然生まれた突然変異を育てる方法のみならず、放射線、薬品を用いることもあるようです)。その他バラは「花弁の数」「花型」「花期」「樹形」などによっても分類されます。とくに、デルタクリニックのベランダのような限られたスペースでバラを育てるにあたっては、樹形を重視しています。

1970年以降、バラを含む多くの生物体の研究(新種等の作成など)にも上記ウイルスの遺伝子解析と同様の手法が導入され、遺伝子解析を基盤に遺伝子操作技術(バイオテクノロジー:biotechnology)が駆使されるようになりました。バラの遺伝子配列も明らかにされ(A genetic bed of roses : scientists sequence the complete genome of the rose. et al ; zmescience)、遺伝子組み換え技術が確立しました。しかし、新しい技術を持ってしても、長い間青色のバラだけは咲かせることができませんでした。そもそもバラには青色を生み出す遺伝子が欠如していたことが原因でした。

1990年、日本のサントリーフラワーズとオーストリアのフロリジーン(旧Calgene Pacific)は、バイオテクノロジーを応用して遺伝子組み換えによって青いバラを作成する試みに着手しました。ちなみに、近年まで幻の青色のバラの花言葉は「不可能」でした。同社は試行錯誤を繰り返しながら2004年、パンジーから遂に青色の色素デルフィニン/デルフィニジン遺伝子をバラの遺伝子に組み込み青色のバラを咲かせることに成功しました。

花言葉も「不可能」から「奇跡」→「喝采」→「夢かなう」と変遷したのです。青いバラはカルタヘナ法(遺伝子組み換え生物等の使用等の規制による生物多様性の確保に関する法律)をクリアし、2009年11月3日「SUNTORY blue rose APPLAUSE」の名称で商品化され、切り花として発売が開始されました。現在までデルタクリニックのベランダには同種のバラは植えられていませんが(多くの課題をクリアしなければ入手できないからです)、いずれは育ててみたいと考えています。

さて、本コラムのプロローグはこれをもって幕を下ろします。

次回は最近話題のC型肝炎の直接作用型抗ウイルス薬(direct acting antiviral drug:DAA)の問題点について大胆かつ鋭く切り込む予定です。